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歴史・文化

【加計呂麻島 観光】 加計呂麻島 歴史・文化 生間港 観光

安脚場戦跡公園

加計呂麻島東端にある安脚場あんきゃば集落には、かつて大島海峡内の連合艦隊の泊地を防衛するために軍事施設が置かれていた場所があります。 現在は公園として整備されていますが、今でも弾薬庫や金子手崎防備衛所の建物跡が残っています。 トイレ 駐車場 弾薬格納庫外観 弾薬格納庫内部 金子手崎防備衛所 防備衛所内部 防備衛所内部 天水貯水池 弾薬庫 公園内は広く徒歩のみの移動となりますが、雄大な景色を眺めながら、戦争遺跡を巡ることができます。 砲台跡 Google MAPルート案内(生間港〜安脚場戦跡公園) 基本情報 ...

【加計呂麻島 観光】 加計呂麻島 歴史・文化 瀬相港 観光

島尾敏雄文学碑公園

太平洋戦争後に純文学者としてその名を知られた島尾敏雄。 戦時中はこの地、呑之浦で海軍特攻隊として駐屯していました。妻となる島尾ミホとの出会いやここでの体験が文学の原点になったといわれております。 そんな島尾敏雄を顕彰し、建立された島尾敏雄の文学記念碑があります。   文学記念碑がある場所は公園として整備されており園内には記念碑のほか、震洋艇の格納豪もあり、震洋艇のレプリカも置かれております。   日本文学大賞をはじめ数々の賞を受賞した島尾敏雄の代表作『死の棘』は映画化もされております。 ...

【中心部方面】歴史・文化 名瀬 観光

田中一村終焉の家

奄美の自然に魅せられ画家として生涯最後の作品に取り組む決意で奄美大島に移り住んだ一村が最晩年に住んでいた木造平屋の家が現在の場所に移築さております。 長年住んだ借家からこの家に移った一村は、ここを御殿のようだといってとても喜び、新たな創作意欲を燃やしていたといいます。 家の中を見ることはできませんが、外観は当時そのままに残されており、田中一村の絵に魅了された方はぜひ訪れていただきたい場所です。 一村の命日9月11日には毎年有志によって、この家の前で「一村忌」が行われています。 田中一村は50歳の時に南の島 ...

【中心部方面】施設 【中心部方面】歴史・文化 名瀬 観光

奄美博物館

はるか太古のむかしから 自然と神と人々がともに生きてきた奄美大島 そんな、さまざまな『あまみ』を紹介する奄美博物館   奄美群島の自然・歴史・文化を理解するための調査研究、資料収集保存、資料展示公開、教育普及の拠点的施設として昭和62年(1987年)に開館。 奄美の文化は、日本文化を基盤としながらも、琉球国統治時代には琉球文化の影響を受け、薩摩藩統治時代には鹿児島文化の影響も強く受けながら醸成された独特のもの。 奄美と沖縄の違いを意識しながら観覧すると一層楽しめる施設となっております。 &nbs ...

【北部方面】施設 【北部方面】歴史・文化 笠利町 観光

ケンムン村

奄美空港から車で約10分ほどの場所に雨の日でも奄美を感じることのできるスポットがあります。 奄美空港から名瀬方面へ向かう途中、笠利町にある用安海岸側『リゾートホテルばしゃ山村』に併設された観光施設『ケンムン村』 ケンムン村は、シマ唄体験や塩作り体験・お菓子作り・陶芸など島にまつわる体験を楽しむことができます。 ちなみに「ケンムン」とは、奄美群島に伝わる妖怪で、奄美大島にはたくさんの伝説があります。 容姿は河童に似ており、ガジュマルの木を住処とし、「木の精霊」とも言われております。 そんなケンムンが皆様のご ...

【南部方面】展望所 【南部方面】歴史・文化 瀬戸内町 観光

西古見掩蓋式観測所

奄美大島最西端に美しい夕陽を眺めることのできる西古見にしこみ集落という集落があります。 画像素材:PIXTA 西古見集落は奄美空港から車で約2時間10分、奄美中心部名瀬から車で約1時間35分ほどの場所。 アクセスの不便さから地元の人もなかなか足を運ぶことのの少ないこの場所は、大島郡で初めて漁船をつくりカツオ漁発祥の地として栄えていた集落です。 現在は住民も少なくとても静かで、サンゴの石垣などの景観が今でも残る長閑な集落となっております。 西古見集落から眺める海には三連立神さんれんたちがみが連なり、青い海と ...

【南部方面】歴史・文化 瀬戸内町 観光

旧陸軍弾薬庫跡

奄美大島南部・瀬戸内町手安に奄美大島に残された戦跡の一つ『旧陸軍弾薬庫跡』があります。 奄美空港から車で約1時間40分、名瀬新港から車で約1時間5分の場所にある旧陸軍弾薬庫跡は昭和7年に旧陸軍により構築された弾薬庫跡。 当時としては非常に優れた構造と大量の弾薬を格納できる規模を持っており、戦時中は集落住民にも存在を知らされておらず、終戦によって武装解除の実施に伴い、備蓄されていた弾薬を運びだし大島海峡に廃棄された時はじめて存在を知ったといいます。 未だ旧陸軍弾薬庫跡にはどれだけの弾薬が格納されていたかは不 ...

【北部方面】施設 【北部方面】歴史・文化 笠利町 観光

奄美パーク

奄美の観光拠点施設『奄美パーク』 奄美パークは2001年、旧奄美空港跡地に開園された施設で、奄美空港から車で約5分の場所にあります。 園内には『奄美の郷』と『田中一村記念美術館』の2つの施設と奄美パーク周辺を一望できる展望台があります。 展望台 画像素材:PIXTA 奄美パークにある展望台では、園内の全貌を眺めることができ、近くの奄美空港に離発着する飛行機を大迫力で眺めることができます。 展望台のご利用は無料となっております。 旧奄美空港跡地に開園された奄美パーク。展望台からは当時使われていた滑走路を眺め ...

【北部方面】歴史・文化 龍郷町 観光

西郷松跡と西郷翁上陸の地

龍郷町にある『西郷松』は、安政6年(1859年)奄美大島に潜居を命じられた西郷隆盛を乗せた薩摩藩の黒糖運搬船がとも綱を結びつけた松(リュウキュウマツ)のことを言います。 当時、西郷隆盛は33歳。 元々は、薩摩藩の飛脚船や砂糖積荷船の係留先として「舟つなぎ松」と呼ばれておりました。 当時、樹齢100年を超える大木だったが西郷松は2011年に「立ち枯れ」と診断されたため、伐採されてしまいました。 龍郷町生涯学習センター『りゅうがく館』入り口には、伐採された西郷松を活用した西郷隆盛と愛加那の木彫彫刻となって展示 ...

【北部方面】歴史・文化 龍郷町 観光

西郷南洲謫居跡

明治維新の立役者と知られる鹿児島の偉人・西郷隆盛は安政6(1859年)から文久元(1861年)まで潜居を命ぜられ、奄美大島の龍郷町に約3年ほど暮らしておりました。 奄美大島で身を潜めた際に暮らしていた屋敷跡・西郷南洲謫居跡さいごうなんしゅうたっきょあと 今回ご紹介する龍郷集落の白間地区にある謫居地は、西郷隆盛の3番目の謫居地となります。 ここは、西郷隆盛が島妻・愛加那と息子・菊次郎のために建てた新居で、土地選びなどは西郷さんが自ら歩き探したといいます。 新居は文久元年(1861年)11月20日に完成。 し ...

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